挿話《エピソード》があるらしいが、未だそこまでも手がとゞいてゐないが……」
 と何やら口のうちでぶつ/\云つてゐたかと思ふと、その時じやんけんの連中がどつと笑ひ崩れて、三谷が皆なに圧し出されてゐるのを見ると、
「僕が、ぢや代つてやらう、三谷君――あの葡萄酒ぢや僕はつまらんから、僕はほんとうの酒持つて来たいから……」
 滝尾は、得たりと云はんばかりの気勢で穴蔵行の役目を買つて出た。
「それぢや、僕が恐縮ですから、ぢや僕が提灯持ちになりませう、滝尾さん。」
「なあに――」
 と滝尾は偉さうに胸を張り出して、大股で出て行つた。「平気だとも――その間に此方の用意をして置き給へよ。」
 滝尾の足音が渡り廊下に消えて行くのに雪江は耳を傾けてゐた。――そして、人形と滝尾の姿を想像してゐると、雪江は急にむせつぽいやうな目眩《めまぐる》しさを覚へた。
 何時も話だけで、思ひ/\の着想に酔つて、それつきりになつてしまふが今夜こそは、あの仮装舞踏会を是非とも実現させようではないか――。
「ねえ、雪江さん――あなたが先づ振袖姿の舞姫に扮つて……」
「さうだ。斯んなじめ/\と雨ばかり降り続いてゐる晩だし――これ
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