を発してゐるだけだつた。
雪江は、いきなり、
「ワー!」
と叫んで、悸かしてやつたら何んなに面白いだらうと思つて、思はず身構えたが、三谷達と違つて常日頃あんなに生真面目な人なんだから――と気づいて、やつと我慢した。そして、それ以上の奇怪な行動を見るに忍びなかつたので、眼を伏せて息を殺し通した。
毎晩斯んな処に来て、明方までも人形に戯れてゐるのか! と雪江は思つた。それにしても奇怪な人だ。神話時代にはピグマリオンといふ人物がある、またホフマン物語の中にも人形に恋する博士の話がある、乃至は左甚五郎の「京人形」の噺などが伝はつてゐるが、そんな、無生物に切実な肉感を覚ゆるピグマリオニストなんて称ふ変質者はおそらく伝説か、荒唐無稽の芝居の中の人物のみと限られてゐるのかとばかり思つてゐたのに、斯んな眼の先にも、ちやんと、あの通り存在するなんて、何とまあ見るも気の毒な光景だらうか! ――左う思ふと雪江は、気の毒さなんて通り越して、その不気味と云ふより寧ろ途方もない滑稽感に駆られて居たゝまれないやうな気がした。
雨は急に勢ひを増して、窓の外は水煙りで濛々としてゐた。その間に――と思つて、雪江は
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