物蔭を伝つて息を殺したまゝ逃げ出して来た。

     三

 三谷は壁に両脚を突つ立つて、恰で逆立ちをしてゐる見たいな格構で、脚の先を眺めながら――いよ/\気分がくさつて来たぞ! とか、蔵の地下室の穴蔵から誰か「葡萄酒」を盗み出して来ないか、
「酒でも飲まなくてはやりきれねえ!」
 などゝ喚いたり、突拍子もなく大きな声ではやり歌を唸つたりしてゐた。
「三谷になんてにも、気分が何うなんて云ふ現象が起るとは、世にも不思議なことだな――三谷、行つて来いよ、穴倉へ!」
 双肌を抜いで大の字なりに転がつてゐる加茂が煽動した。
「普段でも俺は彼処には到底独りぢや薄気味悪くつて入れないんだ、だつて昼間だつて真つ暗闇で、大層な龕灯を点けて行くなんて、俺は思つたゞけでもゾーツとする、彼処の風と来たら何とも云ひやうもなく冷々としてゐるからな。」
 葡萄酒といふほどのわけでもなかつたのであるが、田舎出来の酒やら果物が貯蔵してある穴蔵があつて――屡々彼等は其処へ忍び込んで、此処の馬飼ひの年寄が造つた青葡萄の搾り液を持ち出して来て、これは何世紀の葡萄酒だとか、飲める酒だとか――口先ばかりで酒飲み見たいなことを
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