は手燭に火を容れて、梯子段を昇り切ると、ふつと吹き消してゐた。そして、吻つとしたらしい太い吐息を衝いてゐるのを、雪江が物蔭から秘かに窺ふと、それは、さつき迄死んだやうに眠つてゐた筈の滝尾であつた。
「琴路殿!」
滝尾は、そんな風に人形の名前を呼んだ。何を独りでふざけてゐるのかしら? と思つて雪江は眼を視張つて注意しつゞけると、ふざけてゐるどころか滝尾の様子は息苦しさうにさへ見へる程亢奮の眼を輝やかせて、微かに五体を震はせながら人形の傍らへ近寄つて行くのであつた。いつも、寝呆け眼で薄ぼんやりとしてゐる、成程あれは神経衰弱症に違ひない――と雪江は気の毒に思つてゐた滝尾、今眺めると恰で別人のやうに生々として、奇妙な、おそらく芝居じみた陶酔の風情にひよろ/\として、さうかと思と急に悩まし気に顔を歪めて、
「おゝ会ひたかつた――夜になるのが待ち切れずに、そつと忍んで来てしまつた。やがて誰かゞやつて来ぬうちに、暫しの逢瀬を貪りたい。」
芝居の科白の通りな音声で、そんなことを唸つたかと思ふと、身を翻して人形に飛びかゝつた。
人形と一処に羽根蒲団の上に滝尾は倒れると、何とも名状し難い不気味な唸り
前へ
次へ
全24ページ中10ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング