喋舌つて、酒に酔ふといふよりは自分達の駄弁に泥酔して、乱痴気騒ぎをすることがあつた。
 雪江が戻つて来た時一同は車座になつて、割れるやうな声を張り挙げて、じやんけんに熱中してゐるところだつた。
「滝尾、滝尾!」
 池部が椽側に出て、滝尾を呼んでゐた。すると、丁度泉水を仲にして此処と斜めに向き合つてゐる滝尾の部屋の丸窓が開いて、滝尾がぼんやりと顔を出した。
「おい、もう日が暮れるぞ――皆なが酒盛りをはぢめるといふところだから、出て来ないか?」
 何時の間に戻つてゐたのだらう! と雪江は怪しんだが、何うもバツの悪さを覚へたので簾の蔭にたゝずむでゐた。
「折角帰つてゐるのに碌に顔を合せることもなし、何が忙しいんだか知れないが、昼間の寝坊があれぢや猛烈過ぎる――と云つて、さつきも雪江だつて、ぷん/\憤《おこ》つてゐたところだよ。」
 間もなく滝尾は、
「やあ諸君、集つてゐるね――仮装舞踏会の相談は一決したのかね、僕だつて、起きてさへゐれば仲間になるとも――」
 と、普段とは大分趣きの違つてゐる妙に好気嫌見たいな笑ひを浮べながら入つて来ると、雪江に気づいて――どうも毎晩/\、徹夜の騒ぎで昔の本ばかり験べてゐるので、つい寝呆けてゐたり、一処に食卓に並ぶ間もなくなつたりしてゐるのだが――など、赤くなつて弁解した。
「まあ、随分熱心な方ね、皆なが遊んでゐる夏だといふのに――一体、何を、そんなに験べてゐらつしやるの?」
 皮肉になつていけないと雪江は気にしてゐたが、あんな馬鹿気た滝尾の秘事を公言しない限り、何か言ふと何うも空々しくなつてまともに相手の顔を眺めるのが苦しかつた。
「何を――ツて!」
 滝尾が明らかに内心狼狽したらしいのを感ずると雪江は、何うしても皮肉にならずには居られなかつた。滝尾は明らかに眼を白黒させた。
「そんなことを一概に云へるもんですか!」
「あの中にある北条記の稗史めいたものゝうちに何某といふ領主が天主閣の楼上で烏天狗と問答をする――領主自身の不思議な手記がある筈だが、君にはあゝ云ふローマンスは面白いだらう。」
 何も知らない池部がそんな話を持ちかけると滝尾は、雪江の眼に映る有様では、益々狼狽して、(あんなことを口実にして蔵の中に出入してゐるものゝ、あんなに人形ばかりに現を抜かしてゐる滝尾に、そんな古典を渉漁する余猶などが有る筈はないのだ。)
「うむ――面白い挿話《エピソード》があるらしいが、未だそこまでも手がとゞいてゐないが……」
 と何やら口のうちでぶつ/\云つてゐたかと思ふと、その時じやんけんの連中がどつと笑ひ崩れて、三谷が皆なに圧し出されてゐるのを見ると、
「僕が、ぢや代つてやらう、三谷君――あの葡萄酒ぢや僕はつまらんから、僕はほんとうの酒持つて来たいから……」
 滝尾は、得たりと云はんばかりの気勢で穴蔵行の役目を買つて出た。
「それぢや、僕が恐縮ですから、ぢや僕が提灯持ちになりませう、滝尾さん。」
「なあに――」
 と滝尾は偉さうに胸を張り出して、大股で出て行つた。「平気だとも――その間に此方の用意をして置き給へよ。」
 滝尾の足音が渡り廊下に消えて行くのに雪江は耳を傾けてゐた。――そして、人形と滝尾の姿を想像してゐると、雪江は急にむせつぽいやうな目眩《めまぐる》しさを覚へた。
 何時も話だけで、思ひ/\の着想に酔つて、それつきりになつてしまふが今夜こそは、あの仮装舞踏会を是非とも実現させようではないか――。
「ねえ、雪江さん――あなたが先づ振袖姿の舞姫に扮つて……」
「さうだ。斯んなじめ/\と雨ばかり降り続いてゐる晩だし――これぢや世間に聞える憂ひもなし――ひとつ、海棠屋敷の花見の宴の真似事を仕様ぢやないか――」
 池部も一処になつて、
「そいつは案外面白いかも知れない。そして、皆なそろつて写真を撮らうぢやないか。」などゝ浮れ出した。
「ぢや、妾も賛成するわ。」
 と雪江も同意した。「ついでに妾の踊りを、おのおの方に見せてあげるわね。お囃子は蓄音機で間に合ふでせう。」
 皆な、鬨の声を挙げて仕度にとりかゝつた処へ滝尾が酒樽を担いで戻つて来た。
「大変なことになつてしまつたよ、滝尾――ほんとうに仮装舞踏会を始めるんだつてさ。」
 皆ながバラ/\と蔵の中へ駆け込んで行くと池部が、面白さうに滝尾に呼びかけた。
「君は何に扮る?」
「二人は、まあ、たゞの見物人にして貰はうぢやないか。」
 と池部がテレた笑ひを浮べると、滝尾は反対して、ともかく裃は着て、長袴を、そろつと穿いて見ようぢやないか! と主張した。
 池部は、苦笑しながら酒樽を勝手もとの方へ運び走つた。

     四

 泉水に面した広間に二列に膳を並べて、芝居の様な夜会をはじめた。いつの間にか人数が増へておよそ十四五人もの大名が、ずらりと両側に陣取つて、皆
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