々真面目くさつてかしこまつてゐた。はぢめの話だと鎧武者が現れたり、仁木弾正や、斧定九郎が踊り出る筈だつたのに、一勢に裃姿りゝ[#「りゝ」に傍点]しいお大名ばかりなので――何うしたのか? と滝尾が池部に訊ねると、
「あの話は出鱈目で――花見の時には、客は一勢にこの風俗なのさ、ハツハツハ……」
と可笑しさうに笑つた。
「駄目だよ、池部さん、そんな言葉つきぢや――何と今宵の月は、ものゝ見事に澄み渡つてゐることではござらぬか――といふ風に、科白を気をつけて貰ひたいね。」
傍らから三谷が、もう大分酩酊して池部と滝尾の膝をポンポンと扇子で叩いたりした。
「おゝ、さう云へば三谷殿――夜来の雨は見事に晴れて、庭辺に月の光りが隈なく冴えた趣きはまことに画に見る風情――早う舞姫達の舞が始まれば好いが……」
三谷の隣りにゐる大名の顔を見ると、馬飼ひの親爺であつた。一様に同形の鬘を戴いて、そろひの着附けをつけてゐるので、容易に見定めがつかなかつたが滝尾が順々に注意して見ると、いつの間にか村長や校長や消防隊員の面々などが次々に控へてゐるのであつた。久しい間絶へてゐた花見の宴の真似事を今宵催すのであるといふことを、使ひに出た下男から伝へ聞いて、村人はいち早く駆けつけたといふことであつた。
村の娘達が、元禄袖の花衣裳をつけて、客の間をあつせんしてゐる様は、誰の心にも長閑な夢を誘ひ、真実、今の世にある想ひを忘れしむるに充分な光景であつた。
「これは何うも、何時の間にか大変な催し事になつてしまつたわけだつたな。」
加茂が、きよろ/\しながら呟くと池部が、いや、どうせ一度は斯うして村の人達を招待しなければならない事情があつて、実は前々から仕度もとゝのへてゐたのだが、すつかり季節外れになつてしまつて困つてゐたところだつたので寧ろ好いきつかけだつたのさ。――「僕は、ほんとうを云ふと、年々これを行はなければならないといふしきたりが、酷くてれ[#「てれ」に傍点]臭くつて、君達でも居なかつたら到底機会を得ることは出来なかつたに違ひないのさ。変な習慣があつたものだな――」
と池部は、ちよんまげの頭をがつくりと首垂れた。
間もなく嵐のやうな拍手が巻き起つて、賑やかな音楽の音が物蔭から響いて来たかと思ふと、下手の簾がするすると巻きあがつて、一列の踊り子が、足拍子|悠《ゆる》やかに、花模様の振袖を翻しながら、そろり/\と宴席の中央に繰り込んで来るのであつた。――お納戸色に緋の源氏車をあしらつたあれらのそろひの衣裳は――。
「おゝ、あれは、あの人形の衣裳とそろひぢやないか!」
左う気づくと滝尾は、わけもなく愕然として思はず手にしてゐる盃を取り落しさうになつた。
「雪江さんだ――あれが!」
三谷が、思はず頓興な声で叫んだ。「あれが、さつきまでのあのモダン・ガールとは俺には何うしても思へない!」
「叱ツ!」
と誰やらが、非難の合図をしたが、陶然としてしまつた加茂が関はず声を挙げて、
「何うしても俺には物語の中から抜け出て来た人物とより他には思へない――人形と云はうか、夢と云はうか――踊り子達の背《うし》ろからは甘美の後光が……」
「おい、加茂、そんな戯談を云ふのは止せよ――俺は、斯んな踊りなんてさつぱり面白くもないんだ。」
池部は切りと、てれ臭い困惑の苦笑を浮べて――早く皆なが酔つてしまへば好いが……と呟いでゐた。葡萄酒でも酔ふ三谷や加茂は、もう泥酔に近づいてゐたが、異様な雰囲気のために酔が胸のうちだけで渦巻いてゐるのであつた。
そして、滝尾も同じ状態であつた。
舞踊隊は客の中央に一列に並ぶと、今度は音楽が稍急調子に変つて、合図が入ると、腰から金色の扇を抜き出し、一勢に開くと、はらはらと天を煽ぎ、翻つて地に風を巻き起し、ちらちらちら――次第に急調子となる音楽に伴れて、虹が嵐に狂ふ有様で、客達は息も衝かずに眺めるだけであつた。稍暫くいろ/\な踊りが続いてゐるうちに、にわかに廊下のあたりから鬼やひよつとこや天狗の面の男が現れて、わあア! と叫んで踊り子を追ひ回す場面となる。鬼共はそれぞれ呪文めいた科白をうなりながら踊子に飛びかゝつて、その裾をまくらうとしたり、腕を引つ張つたりして、まことに落花狼藉の有様が展開されるのであるが、客達はこれを凝つと堪へて見物してゐるのが礼儀なのであるとの事だつた。つまりこれも踊りの一節なのであるさうだつたが、実に乱暴極まるしぐさで、鬼の手にかゝつてみやびやかな舞姫の白い股が現れたりするに至つては、しきたりのことも何も知らない海辺の連中にとつては、たゞもうハラハラとして片唾《かたづ》を呑むばかりであつた。鬼共に追はれて、やがて娘達の帯は解かれ、着物も剥がれて長襦袢一つになる騒ぎになると、ワツと感極つた声を挙げて悶絶した大名があつた。三谷
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