、顔を覆うた。義眼にもいろいろな区別があることを、老父は決してうなづかなかつた。
「てんま[#「てんま」に傍点]にや乗りたくねえもんだ。太吉の目玉が平べつたく凹んで、月給とりになつたら俺あ拝んでやら……」
「悪たれ吐くと、月給とつても金、払つてやらんぞ。」
「立派な口を利いたのを忘れんな、アマ!」
「太吉を見違へて、後悔せぬが好いよ。」
「ワツハツハ……」
老父は扉を蹴つて立去つた。
太吉は窓に突つ伏してゐた。俺は腕組の中に首垂れて、懐ろに息を吐いてゐた。不運となると、何も彼もいちどきに行詰るものだ! と、俺はこの頃の成行きに驚かされた。間もなく台の茶屋の亭主が、老父のよりも激しい悪たれ口を聞いて、久良を拉しに来るであらう。水車小屋の差押人が飛び込んで来るであらう。俺は、彼等に弁明の言葉を持ち合さぬのだ。太吉は、抗弁の舌に恵まれてゐるが、目玉をつけてゐないと彼は他愛もなく意気地を失つて口が利けなかつた。彼等は太吉の弱みを知つて、事毎に、飛びくり目玉! と罵つて、無下に彼を凹ませた。
窓にもたれてゐた太吉は、またクシヤミの発作に駆られはじめてゐた。然し彼はもう、その反動に少しも逆ら
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