木枯の吹くころ
牧野信一
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【テキスト中に現れる記号について】
《》:ルビ
(例)寝《やす》んだ
[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)てんま[#「てんま」に傍点]
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一
そとは光りに洗はれた月夜である。窓の下は、六尺あまりの探さと、三間の幅をもつた川だが、水車がとまると、水の音は何んなに耳を澄ましても聴えぬのだ。
「寒いのに何故、窓をあけておかなければならないのだ?」
俺は囲炉裡のふちで、赤毛布にくるまつただるまであつた。彼は返事もせぬのである。
俺たちの頭の上のラムプは、暗かつた。太吉は、むつと腕を組んで、ラムプよりも明るい月の光りが吻つと煙つてゐる窓を視詰めてゐるだけだつた。彼の膝の上には編みかけの草鞋がのつてゐる。太吉は左の眼が義眼なので、手仕事に疲れやすかつた。彼は、体裁を顧慮することなく、また気短かで、平気で安価の眼玉を購ふので、それは目蓋から喰み出して、右の眼と色が異つてゐた。俺は彼の眼を見ると、時々憎みを感じた。
だが光りを浴びて、彼の眼玉は高価の品に似た。左右の色も区別がなかつた。――彼は再び膝の上に眼を落して
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