前えは、だけど、台の茶屋からほんたうに金をとつたのか?」
 久良の顔は蒼かつた。炎えついた竃の火が煙りを吐いて、久良の姿にからまつた。父親は、白く輝き、眼眦の鋭い久良の容貌に見惚れてゐた。
「お久良、無理を云ふな――お前えが飲ませて呉れる酒なんだ。」
「おらの知るこつちやないげに! おら、茶屋奉公づら真平だよ。」
「ふんなら、俺らは何うなるといふんだ。約束をしてしまつて、金はそつくり畑に注いでしまひ……」
「畑に注いで、また畑から飲代をしぼり出して……か、堂々回りも好い加減にするが好いぞや、おらは、もう太吉と夫婦約束したんぢやよ。」
「目ツカチづれの約束なんて……」
「目ツカチ目ツカチと云つて貰ふまいぞ。」
「飛びくり目玉の、でんぐり目だ。野郎達は金がいくらあるといふんだ。」
「お前えは太吉の立派な目玉を知らないんだね。世の中は進んでゐるんぢやぞよ――ほんものと寸分違はぬ目玉は直ぐにも買へるんぢやい。太吉は立派な聟だあよ。目さへ這入れば、台の運送屋に務める手筈になつてゐるだよ。」
「立派な目とやらを見せて貰はうけえ。飛びくり目玉は……」
「あれは普段のぢやよ……」
 久良は煙りに咽んで
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