、草鞋の手工に急いでゐた。
 暗いラムプであつた。風模様だつた。ラムプの灯が、扉の隙間からの風で稍々ともすると消えかかつた。
「荒れるのか知ら?」
 俺は、木々に鳴る風に耳を傾けた。太吉は外の模様をあらためるために立ちあがつて、
「明神ヶ岳の空が明るいから、荒れる気づかひはなからう。これで雨を飛ばしてしまはうといふんだから、あしたは晴れだよ。」
 と、いつまでも扉の外へ顔を曝してゐた。
「雨だつて俺は出かけるよ。この靴に草鞋をくつつけて……」
 俺は、夏のうちにヤグラ岳を越えて、丹沢山へ踏み入る目的でそろへた山登りの道具を持ち出して囲炉裡のふちに並べてゐた。登山袋も靴も杖も手袋も新しかつた。計画を立てて支度だけは整へたものの、急に水車の支障が起つて実行し損つたのである。
 久良が、あしたの俺の弁当をつくるために竃の前で吹竹を構へてゐた時、
「お久良お久良、手前はまた斯んな目ツカチのところに来てやがんのか!」
 と赤鬼のやうに酔つ払つた久良の老父が呶鳴り込んで来た。
「余計な世話だよ、目玉さへ這入れば太吉は立派な男なのよ。」
 久良は養父と犬猿だつた。
「ほざくな。さあ、帰れ……」
「お
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