中に動かせながら、
「太吉は宵ツ張りは出来ないが、おれ、二晩位ひは平気よ。」
と云つた。太吉は、女の傍らでも眠らなかつた。眠つてゐても、何かをねらつてゐるかのやうに、あいてゐる片眼を見る者は、囲炉裡の傍らで坐つたまま居眠りをするところに向つてゐる俺ひとりだつた。
「夫であり、妻であらうとする者が、たつた一つの目玉のことぐらゐに、何故そんなに拘泥するのか俺は不思議でならぬ。」
と俺は首を傾けるのであつた。然し、それは、夫であり、妻であらうとする者にだけしか解らぬ絶対の矛盾であつて、また二人は夫々まことに風の変つた個人主義者であるのだ――といふ意味のことを久良は長たらしい方言で説明した。
俺と久良は川のふちにたたずんだ。まはりの山々も、森も、畑も、そして流れも、腹一杯に光りを飽満して、ふくれてゐた。俺は、ぐるりと身のまはりを見廻した。自分の影も見あたらなかつた。まるい月は恰度俺達の頭上にあつた。
久良は、橋のたもとのあたりまで送つて貰ひたがつたが、斯んなときには必ず扉の節穴から女の様子を注意してゐる太吉に、俺は遠慮して、
「ここで見てゐてあげるよ。」
と断はつた。別段、太吉は妬心
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