されて久良は、決してその眼の太吉と向き合ふことが出来なかつた。その眼の太吉が、嬉しいことを呟いても、久良は共々に悦ぶことが出来なかつた。また彼が、憂世を喞つて悲しんでも、同情も寄せられぬのを久良は切ながつた。
 ラムプは消えても、火気の焔が太吉の胸から顔へかけて赤く毒々しかつた。
「もう寝《やす》んだのかね?」
 久良は、男の安否をうかがふのであつた。
「ど、う、しようか?」
 俺は太吉の耳に口を寄せるのであつた。
「…………」
「ふたり、ちやんとそこに居るでねえか!」
 久良は節穴から覗いた。
 太吉の膝頭は小刻みに震へてゐた。やがて、せツせツせツ! と蟋蟀に似た歔欷であつた。

     二

 俺は外に出て、そのわけを久良にはなした。久良は、袂で顔を覆つた。
「お前えのうちに、草鞋あるかね?」
 俺は太吉の手の草鞋が三足になつたら、それを穿いて十里先の町へ金策へ赴くのだ。町の郵便局には、二円五十銭が一個、五十銭が三個、代金引換郵便で到着してゐた。馬の背と山駕籠と草鞋の旅人だけが通る嶮しい山径だつた。
「今夜、おれが自分でこしらへて見よう。」
 久良は、編み方をさぐる指の先を月夜の
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