事をとつた後に、膳棚から箸箱を探した。そして、杉箸の先を操つて眼玉を拾はうとするのであるが、一向に見当が定まらぬのである。箸は、赤い火を突くばかりなのであつた。驚きの発作で、クシヤミは止つてゐた。眼玉は、火の中で真ツ赤であつた。彼の箸は炎へはじめてゐた。勿論、俺も箸をとつて手伝つてゐるのだが、俺の箸の先が近づくと何故か太吉の箸は切りとそれを横に払つて邪魔するのである。彼は、照れてゐるやうであつた。――間もなく、ぎんなんの実がハネたやうな音がした。
「太吉さん、居たかね?」
窓の外で久良の声だつた。太吉の情婦であつた。久良は、いつも窓から覗いた。月の光りを受けると、義眼がほんもののやうに光るのを太吉は承知してゐたのだ。
太吉は俺の顔を見て、手を振り、掌で口をおさへた。俺は唇を噛んで、息を殺した。太吉は、そつと腕を伸ばして、ただでさへ暗過ぎたラムプの芯を極度に細めた。――消えてしまつた。
普段太吉は、久良に会ふ時にだけ容れ換へる二円五十銭のものを手文庫に蔵して棚にあげてあつたが、四五日前の晩に鼠に落された。久良は癇性の強い質で、五十残の眼玉の太吉とは会ふことが出来なかつた。怕れに戦か
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