抱へ起さなければならなかつた。のめらうとする第八の重さは、俺の両腕の満身の力に逆つて強靭なバネであつた。
 癲癇なのかしら? と俺が呟くと、第八は激しくかぶりを振つた。意識は明瞭なのである。
「何うすれば好いんだらう?」
 俺は途方に暮れた。
 すると第八は唐松村へ降る櫟林の方を指さして、
「氷――氷をたのむ!」
 と頭をさげるのだ。多分、櫟林の下の沢田のふちへ降つたら、氷は発見されるだらうから、
「大いそぎで……」
 と喚いた。彼の急病は、睾丸炎の勃発だつた。病名が判然すると俺は安心したので、まさかそれほど無情の腹もなかつたが、
「俺は先を急ぐから失敬したいね。」
 とからかつてやつた。第八は、悲鳴をあげて芝の上を転がつた。幸ひと沢の日蔭の水溜りに薄氷が張り詰めてゐた。帽子が防水布なので、それに氷の破片を盛つて、引き戻ると、第八の発作は稍々収まつたものか、坐つたかたちで俺の袋の上に腹這つてゐた。然し激痛に襲はれる毎に彼は、こんにやくのやうに身悶えながら袋に獅噛みつくのであつた。
 帽子を更に手拭ひにくるんで、俺は彼に手渡した。彼は       [#空白はママ]氷嚢を患部に結びつけるの
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