うか、あいつは――と奴が君を指してだ、あいつはお久良を俺から横どりしたがつて、厭に俺達に親切がりやあがる――と、先づ斯うだ!」
 第八は一息入れて、凝つと虚空を睨んだ。彼の鼻はあかかつた。俺は、太吉を信じてゐるのだから、第八の突然の鬼のやうな真面目な表情が空々しかつた。俺は、脚下の野をまつしぐらに走つて来る汽車を見てゐた。
 何をいつまでも重々しく第八は力み込んでゐるのか、嘘を考へるのは六ヶしいに違ひなからう! と俺は思つて、それにしても仲々彼が言葉をつづけぬので、ちらりと容子を振り向いた。第八の表情は、怖ろしい仁王のおもむきで唇を噛んだままだつた。迎合したと思はれてはならぬと俺は、直ぐに視線を反らして燐寸をすつた。
 やがて俺は、異様にも第八の、
「うむ……、う……、こいつは何うも……」
 と、聞くも不思議な仰山な煩悶のうめき声を感じた。俺は、唾を吐いて見向かうともしなかつた。
「こいつは、いけないツ! しまつたことになつたわい……」
 第八のうめき声は絶頂に達して、見ると、切腹した者のやうにドウと前にのめつた。彼は下腹を我武者羅に抱へて、虎のやうに吠えはじめた。俺は、うしろに廻つて
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