いふ立派な目玉を所蔵してゐるといふが、それはほんたうかね? まつたく太吉の右の眼は偉く優しい色男の眼だ。あれが若しも二つそろつてゐたひには、お久良が惚れるのも当り前だが、嘘だらう、そんなに巧者な目玉なんて、いくら今時とは云ふもの何処へあつらへたつて出来る筈のものではないぜ。あの優しい目がそろつたら俺も兜を脱ぐが。どうもお久良は太吉の片目に瞞されてゐるとよりは思はれぬのだがね……?」
「…………」
俺は、余ほど、太吉の上等の眼玉を今ここに持つてゐるんだぞ――とおどかしてやらうかと思つたが、第八の極まりもない陰険な性格を思ひ出して、素知らぬ風を装つた。うつかりそんなものを見せでもすれば、過失を装うて石の上にでも取り落す位ゐのことは第八にとつては朝飯前だ。太吉が、なるべくそれを普段に使用しなかつたのは、左様な意地悪る連の悪戯を怕れたからだ。太吉は、やがて水車小屋と運送屋で資金を拵へて、一日も速かに怒山の里を見棄てる決心だつた。他国へ赴いて、あの眼を用ひてゐる限りは誰もそれを義眼と疑ふ筈もないのだ。怒山の者共は、わけても片目の人を軽蔑するのが風習だつた。
「ねえ、そんなものはありはせんだらう
前へ
次へ
全20ページ中15ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング