れから二里を赤松村までバスに運ばれて、残りの径は怒山《ぬやま》の小屋まで徒歩だつた。深い森があつた。谷川のふちへ添つて鋸の径を登るべきだつた。鋸山峠の見晴しは、遠い海原の上の島まで望まれた。俺は、あの峠の松の根元で独り悠々と休息することを楽んでゐたのだ。鋸山、唐松、鬼柳、音取、泥臼、狐岡、寄生木――山を登り降るにつけて、そんな滑稽とも怕ろしとも云ひ難い名前の村々を踏み越えて漸く怒山へ達するのだ。第八の館は、狐岡村の「台の宿」といふところだつた。
俺は、そこまで第八と伴れ立たねばならぬのか? と考へると、鬱陶しかつた。
第八は、久良が太吉などと何んな間柄があらうが無からうが頓着もなく、
「あの女は、うちのものだ。」
と落着いてゐた。「ともかく、あの目玉にはお久良が竦毛を震つてゐるといふんだから、ものになる気づかひはないさ。」
「君は好い年をして、女に悪く甘いといふ噂だね。」
俺は、第八の種々な不道徳を知つてゐたので非難のつもりでさう云ふと、彼は反つて嬉し気に、ヘツヘツ! とわらひ、
「お久良は仲々の別嬪ぢやないか。わしとの間柄もまんざらぢやないにさ。」
などとヤニさがつた。それ
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