幸ひ天気は麗らかだつた。――海辺に旅人宿をさがした。水筒には、久良が詰めた酒がそのまま口もつけずに重かつた。
 沖の潮鳴りが高かつた。濤声が激しく雨戸を打ち、やがて雨だつた。俺の眠りは、山村も海辺も容易かつた。
 郵便局から小箱を抱へて走り出ると、不図鍋川第八に出遇つた。台の茶屋の亭主なのだ。俺が顔を反向けようとすると、
「これから山へお帰りかね。恰度好いところだから伴れにならうぢやないか。」
 と、彼は珍らしく愛想が好かつた。
「酒代は幾ら溜つてゐたかね。今、半分だけ払つて……」
 太吉が、久良のいきさつで彼の店へ赴き、自暴的に飲んだ酒代が溜つて、かねがね第八は居催足だつた。
「お前さんの責任ぢやあるまいし、まあ、そんな心配は無用としておかうよ、今日のところだけは……」
「彼が払へなかつたのは僕の責任なのさ。君も御承知の通り暫く僕は彼に給料が渡せなかつたのだからね。」
「お久良が、わしの店に来ることになつたら遊びに来て呉れるかね。」
「久良はもう太吉と結婚してゐるんぢやないか、給料の代りにあの水車小屋を俺は二人に譲り渡して、間もなく東京へ戻るんだ。」
 北山駅で俺達は汽車を降りた。こ
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