と思ふと、パツと部屋が明るくなつた。ランプを持つて来た照子は、彼の眼に涙が溜つてゐるのを不思議さうに見おろした。
「勉強は出来て? あまり凝らないで少し休んだらどう?」
「煩いなア!」
 彼はさう云つて、明るくなるのを待ち構へてゐたやうに、照子の方は見向きもせずに直ぐと本の上に視線を落した。
「しつかりやつてね、御褒美を上げるわよ。」
 照子はランプを彼の机の隅に置いて、ちよつと指先でシンの具合を直した。
(どんな褒美なんだい?)彼は、にやりとしてさう問ひ返すところだつたが、問ひ返さるゝ程の真実味をもつて照子が云つたのではなかつたのだ、と気附いたから、やはり憤《む》ツとした態度を保つてゐた。照子は、足音を気兼ねしながら梯子段を降りて行つた。
 彼は、凝とランプの灯を視詰めた。シンのあたりが秋の虫のやうにジーツといふ音をたてゝゐた。それが気になつたので、彼はネジをつまんでシンを引ツ込めたり出したりした。何遍も繰り返した。間もなく音は止んだが、所在のない彼は指先をネジから離さなかつた。部屋は、明るくなつたり、暗くなつたりした。
 明るくなつた瞬間には、試験と失恋の怖ろしさを想つた。暗くなつ
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