失恋(?)をおもつた。
 彼は、深い溜息をした。――照子が、突然コロリと死んでしまへばいゝ、と思つた。
 外は酷い暴風雨だつた。激しい雨がしきりに彼の窓を打つてゐた。そのうちに彼の心は、荒れ狂ふ風雨の響きのなかに溶けて行つた。「落第がなんだ。」と彼は呟いた。――「厚顔無恥の照子だ、馬鹿!」と独り言つた。
 その時、明るく静かだつた電灯が突然と消えた。と同時に彼の胸を、何やらハツ[#「ハツ」に傍点]と冷い翼のやうなものがかすめた。「好いあんばいだ。」と彼は思つた。「灯りが消えては、当然勉強は出来ないんだ。」「本をまる覚えしたことで、彼奴の最も讚美する秀才になり得るものならば、勉強が止むを得ず出来なかつたといふ原因で落第しても……」そこまで考へて彼は馬鹿気た笑ひを洩した。――そして彼は、たゞ専念に、安心して照子の幻を描いた。
 彼は暗闇の中に凝として、笑ひと悲しみの分岐点にたゞずんでゐる自分を視詰めた。――恋情といふものは極めて滑稽なる感情なり……そんな気で、そんな心をさぐりながら、彼は木像のやうに動かず、背骨を延ばして端座した。
「電灯が消えて、試験だつてのに困るわね。」といふ声がしたか
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