のであるといふことを照子が侮辱して暗に嘲弄してゐるものと知つてゐた。……フン! とばかり、彼は無念のあまり、高飛車に落着を示してゐたが、内心非常に照子の言葉に圧迫され、辟易してゐた。
 或る時彼は、戯談《じようだん》紛れに、だが胸に一縷の望みを忍ばせて、
「僕は照ちやんのやうなお転婆と結婚がしたいよ。」とからかつた。
「妾もよ。順ちやんのやうなノラクラ茶目助と結婚したいわよ。ホツホツホ。」――で一撃のもとに笑殺されて、つまり彼の言葉の反応どほり戯談の儘とほつたのだから好さゝうな筈なのに、何時までたつても照子の云つた結婚云々といふ言葉にこだわつてゐた彼だつた。それは「どうしてなのか。」と考へて見るまでもなく「片恋」と極めて簡単に解つてゐたが、よく恋の心理を現した和歌などに「何故か――」「涙ながるゝ。」などゝ、遠回しな象徴化《シンボライズ》を見せられると、反感とまでゆかず滑稽を感ずる彼だつたが、照子を思ふとどうやら自分の心持も「何故か、涙ながるゝ――」の気持らしかつた。
 時間は遠慮なく過ぎて行つた。書物の第一頁すら彼の頭に入つてゐなかつた。彼は、一秒を刻んだ時計の針に落第を思ひ、さうして
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