? さうぢやないのか、小説は女のことでなければ面白くないからな、……おい岡村、俺にも読せて呉れ、貴様にそんな腕があるとは知らなかつたぞ、……太え奴だア。」
 隣りの声など耳には入らず純吉は、眼を凝してゐた。(活字になると、何だか自分が書いたものぢやないやうな気がするな……何としてもこれが俺の二度目の小説なんだ、運命には敗《まか》されたが、この収穫で悦びを得たいものだ。)そんな他合もないことを念じながら純吉は自作を読み始めた。(以下岡村純吉の小説『ランプの明滅』をその儘挿入する。)

 試験の前夜だつた。彼はいくら書物に眼を向けてゐても心が少しもそれにそぐはないので――で、落第だ。と思ふと慄然とした。と、同時に照子の顔が彷髴として眼蓋の裏に浮びあがつた。彼にとつては照子の存在が、その落第を怖れる唯一の原因だつたから、然も彼は非常に強く照子の存在を意識してゐたから、非常に落第を怖れた。何故なら照子は、いつも口癖のやうに、
「妾、秀才といふ文字程美しい感じのするものはないと思ふわ。妾はその感じだけにでも、妾の生命の全部を捧げて、涙を滾して恋するわ。」と云つてゐた。彼は、自分が秀才と正反対のも
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