畳をいれた。
「巧いものだな、あの滑り具合の……」加藤もそんな感投詞を放つた。「無数の真珠を、銀盤の上に落すやうな音だ。」
「俺は何となく風船に乗つてゐるやうな気持になつて来た。」と木村は情けなさうな声で呟いた。
「この儘皆なで此処で、眠つてしまふのも好いね、月夜の海辺だぜ。」
「それは好いね。」と、その時始めて純吉は低く呟いた。純吉も、勿論胸の中を一脈の清水が流れ通つてゐるやうな爽々しさを覚えてゐたのだ。
「もう好い加減にして、宮殿を襲はうぜ、これからあの音の主に眼見《まみ》えるんぢやないか、幸福/\。」と加藤がせきたてた。
「そつと忍び寄らうぜ、虫の音を消さないやうに……」
 彼等は口々に、科白でも云ふやうに、つまらぬ文句を吐きながら、だが動作は飽くまでも熱心に、悪漢のやうに息を殺し、体を曲げ、足音を忍ばせて、窓に近寄つた。――間断なき轍の音は、刻々と鮮かになり、その合間には晴れやかな女の笑ひ声などが交つて聞えた。[#横組み]“Rolling―Rolling―Rolling”[#横組み終わり]ぐる/\回る、ごろ/\回る……。
 純吉の胸では、轍の響きに伴れて、そんなに、これもとりと
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