「今日は何時もより少し遅かつたね。」
「急がうよ、急がうよ。」
 そんなことを云ひ合ひながら足を早めてゐるうちに、間もなく塚田の赤い窓が眼近くなつて来た。彼等は、さうなると妙に黙つてしまつて、足音だけが厭に勢急にバサバサと砂地を整つて踏んでゐた。
「おいツ!」
 先頭に立つてゐた加藤が突然、声を殺して力を込めて囁いた。「聞えるぜ/\、俺達の行き方が遅いもので、お百合さんはひとりで、ひとりだ/\! ひとりで始めたんだ。あゝ、好い音だなア。」
 加藤の言葉と同時に彼等は、一勢に踏み止まつた。そして耳をそばだてた。微かに、転々《ごろ/\》と板の間に鳴る車の音が、微妙な旋律となつて純吉の耳にも伝つた。
「沁々と聞かうぜ、斯んな機会は何時あるか解らないからね。」木村もさう云つて、凝と腕を組んだ。
「おツと危いツ! 今一寸片方の脚が乱れたぞ、しつかり/\。」
「宮部、真面目になれ。」と加藤は無気になつて呟いた。たしかに今踏み脱したやうな音、純吉も聞いて、何となくゾツとしたところだつた。――その後は、また絶間なくスルスルと鮮かな音が続いてゐた。
「人魚が砂の上を匐ふやうな音だね。」とまた宮部は半
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