辺の一軒立だつたから、遠くからでも、灯《あかり》が点くと松林の間から眺められた。山の夕陽《ゆふやけ》は、すつかり消えて、松にはさまれた海浜の一筋道が白ツぽく横たはつてゐた。彼等は、各々スケートの包みを小脇に抱へて、勇みたつて、白い道を踏んで行つた。
「俺もひとつ今日こそは、大いに滑走するぞ、笑ふなよ。」
さう云つたのは純吉だつた。彼の胸には無性に花やかな渦《うづまき》が、わけもなく賑やかに波立つてゐた。――(決心したのだ、決してもう愚図/\しないんだ、俺だつて/\。)
「誰が笑ふものか。」先を急いでゐるためか普段なら何とか冷かさずには居られない宮部は、きつぱりと答へた。純吉には、その答へが莫迦に嬉しく、親し味深く響いた。
「加藤は厭に黙つてゐるね。」純吉は、一寸調子づいてそんなことを云つた。
「俺は、未だお百合さんの脚の格構を考へてゐるんだよ。さう思つてゐるだけで、何となく胸が涼しくなるんだ。――お百合さんの滑走の姿を空想してゐるんだ、二つの脚が快活に左右に滑り出て、或は高く、或は……」
「そんなことは止して呉れよ、俺は何だか妙に悲しくなつて来る。」さう横から口を出したのは木村だつた
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