るんだ。(彼はそんなことを夢にも思つたことはない。)試験などになつてビクビクするやうな男は、死んだ方が増だらう、俺は二回受けたきりで実は止めちやつたんだよ、あの気分が堪らないんだ、青ざめた学生の面を見ると浅猿《あさま》しくて仕様がないだア。」
「さうとも/\、試験なんぞに囚はれてムザ/\と若い日をつぶしてゐられるものか、俺は二三年学生時代を延して、その代りいざ社会に出た日には――」
加藤の言葉は誇張ではなかつた。確かな自信に充ちてゐた。彼は、純吉と違つて中学の頃から秀才だつた。
「岡村、早く剃つてしまつて、俺にも一寸剃刀を借して呉れや。」純吉の背後《うしろ》から、加藤に続いて宮部も声を掛けた。
「そして、俺のは、木村、お前が剃つて呉れないか、ボールなんてやつたもので手が震えて仕様がねえや。」と加藤は不平さうに呟いた。
「加藤は反つて髭つ面の方が様子がいゝぜ、ねえ宮部?」木村は苦笑を含みながら、まじまじと加藤の顔を眺めた。
「加藤は、荒尾譲介を気取つてゐる古めかしい男なんだからなア、スケートなんておこがましいぜ。」そんなことを言ひながら宮部は、もうタオルを胸に懸けて、純吉の後ろに胡坐を
前へ
次へ
全31ページ中24ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング