大して楽な気持も味へず、前の晩毎には、可なり亢奮もし、相当に教科書にも眼を曝し、課目も全部受験したから、何の私立大学の文科位ひのつもりで、万一も気遣はず、成績発表の日には大手を振つて登校した。貼出紙のうちに、岡村純吉の名前は消えてゐた。勿論、恋愛事件などのあつたわけではない。小胆な彼の喉には、その刹那から異様に重い玉がつかへて、今だにそれは消化しなかつた。
 E――を発見したのはその間もなく後のことであつた。この二つのドス黒い玉が重なつて、彼の胸を塞らせてゐた。
 落第のことでも純吉は、大いに狼狽して、一寸世を味気なく思つたりしながら愴惶として、先づ祖母の許へ走つた。――そして、それは両親に秘して呉れ、その代りこの先は……などゝホロリとして頼んだりした。(一年位ひのことは、二三年のうちには何とか親達の前にはごまかして済むだらう、たつた一年ばかり。祖母にも云はなければよかつた、とんだ慌て方をしたことだつた……)
 加藤と純吉は、時々斯んな会話を取り換した。
「落第が何だい。」純吉は胸を張り出してそんな風に云ふのが常だつた、「学問なんてやらうとさへ思へば、どんなボンクラな奴だつて一等になれ
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