純吉は、机の上に鏡を立てゝ、シヤボンの渦をたてゝゐた。
「此奴鬚もない癖に、厭に顔ばかり剃りやアがるね。」と木村が椽側からひやかした。
「怪しいぞ/\。」加藤は仰山に叫んで、純吉の鏡を覗き込んだ。「俺も剃るぞ。塚田へ行くには精々キレイになつて……」
「俺はもうスケートは御免だ。」純吉は、さう云ひながら快い剃刀の音をたてゝゐた。
「行きたい時には、わざとあんなに空とぼけるのが岡村の癖だよ。」と宮部が云つた。
「岡村は学校を落第したもので、少し此頃変だね、意久地もない。」
「ワセダあたりで落つこちるなんて普通の出来事ぢやないなア、加けに純公は文科ぢやないか、何か恋愛事件でもあつたのかな。」
「何だい、貴様だつて落第ぢやないか。」傍から木村が加藤にからかつた。
「俺は官立学校だよ。」
 加藤は済してゐた。純吉を除いて彼等は悉く官立学校の法科だか工科だかの学生だつた。
 皆な休みになつて帰つて来たが、純吾が此処の家に独りで暮してゐるもので、いつの間にか彼等も此処に寝泊りするやうになつてしまつた。
 もともと純吉は、楽をする目的で私立大学の文科を選んだのだ。学期試験になると、それでも臆病な彼は、
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