おきふし》するのが若しかつた。父親の顔を見るのも苦々しかつた。母親と言葉を交すのも退儀だつた。幸ひ海辺に近いこの家が空いてゐたので、学年試験が終つて帰省すると間もなく独りで此方へ移つたのだ。父の姿に接しても、母の顔を見ても、憂鬱と軽蔑の念が交々起つて堪らなかつた。
 門の石段のあたりから、木村達が帰つて来る威勢の好い靴の昔に高笑ひが交つて聞えた。
「あゝ、腹が減つたなア。」
「やつぱり木村のモーシヨンはプロフエツシヨナルに出来あがつてゐやアがる。」
「この分ぢや明日あたりから泳げるぜ。」
「寒い思ひをして泳いだつて見物人が居なくつちや、馬鹿/\しいな!」
「百合さん/\。」
「加藤は酷い不良だな、ハツハツハ……」
 純吉は、妙に慌てゝ窓側を離れると、机の抽出から剃刀を取り出して、柱に懸つてゐる革砥に巧みに合せた。椽側から射し込む光りが、剃刀の刃に映つてキラキラと反転した。木村達は庭を回つて、縁側に腰を降した。グローブやミツトを隅の方に投げ棄てゝ砂を払つて、加藤は座敷の真中に寝転んだ。(あゝ、早く夜になれば好いな。)
「岡村は今起きたところか?」
「今日から僕は勉強を始めるんだよ。」
 
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