してゐる。若しも彼等の一人が、その中何れか一つの性質を忘れて生れたならば、彼の存在は何と惨めで、如何に醜く、何と彼は不幸な青年であらうか!)
「あゝツ!」
純吉は、思はず太い溜息を衝くと同時に、そんな愚にもつかない感想を振り棄てようとして、乱雑に首を振りまはした。
窓辺の柘榴の蕾は、大方開かうとしてゐた。緑の深い細い葉と、紅色の蕾の球とが、窓を覆ふやうに拡がつて、それらの隙間から覗かれる晴れた海と空の蒼い平板に鏤められたやうに浮きあがつて見えた。まどろみかけた純吉の鈍い眼に、そんな風に映つたのだ。
純吉は、窓枠に腰を降した儘、柘榴の花を沁々と眺めたり、小さく動かない船の見ゆる沖の方をぼんやりと視詰めたりした。――だが彼の心は、未だたつた今の愚考から離れてゐなかつた。
(あゝ、俺は何といふ不幸な怠惰学生なんだらう――。怠惰にかけては、誰にも敗《ひけ》はとらなかつた、が自分は怠惰以外の、彼等の徳とする凡ての心を持ち合さなかつた。白《ブランク》ならば未だしも救はれる、にも関はらず自分の胸の底には彼等のそれと反対の凡てを鬱積させてゐる――小胆の癖に大胆を装うてゐる、自信は毛程も持ち合せな
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