他人のものゝやうに堅苦しく、痛かつた。――(やつぱり俺は独りに限る。もう今日からは、何と云つても出かけないぞ。……あの苦しみは地獄の有様だ!)
彼は、飯を食べる気力もなく、ぼんやりと窓に腰を掛けた。――(それにしても癪に触ることだなア、あんなこと位ひが出来ないで斯んなに気が滅入つたり、恥を感じたり――。よしツ、ひとつ彼等に内緒で一週間ばかり単独で練習してやらうかな。そして眼醒しい上達をして、再び現れて彼奴等の度胆を抜いてやるのも痛快だな。)
さうも思つたが、あの醜いいざり[#「いざり」に傍点]のやうな滑り方をする姿を想像すると、彼は忽ち慄然として堪らない冷汗を覚えた。
(止せ/\。俺には俺の天分があるんだ。同じく渚に転がつてゐる小石であらうとも、俺には角があるんだ、矢鱈に転々して堪るものか。)――口惜し紛れにそんなことも考へたが少しも力が入らなかつた。
(……多くの怠惰学生は、その怠惰さ加減に比例して、愉快なる大胆さを備へてゐる、そして朗らかな自信を把持してゐる、若少し誇張して云ふならば、彼等は快活な夢と、微妙な涙と、花やかに巧みなる感傷と、繊細な豪胆さとを夫々融和して胸の底に秘蔵
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