呟きながらそつと立ち上つた。だが、足の重いスケートを感ずると「とても駄目だ。」といふ気がした。――(自転車を習ふ時のやうな身構へで好さゝうだが、ハンドルが無いには閉口だ。)――(静かに/\。)――(脚ばかりに気を取られないで。)――(まつすぐに眼を向けて、傍見せずに。)――(重い脚を、軽く意識せよ。)――(それにしても斯んな重いものをつけて、あんなに巧みに踊り回れる彼奴等は尊敬に価するぞ!)――(何ツ! くそツ! 俺も男だ。)――(死んだつて関ふものか、滅茶苦茶に飛び出してやらうか!)――(それで失敗《しくじ》るんだよ、落着け/\!)――(厭にまた、この車は回りが好すぎるやうだ。)――(石に噛りついても上達して見せるぞ。たかゞスケート位ひ!)――(叱ツ、他念なく/\、脚の踏み所、力の入れ具合、細かく呼吸して……)
 純吉は、それらの言葉でわれと自らを励ませながら、注意深く壁に添うて一歩一歩静かに、靴を挙げては降ろした。危険に気付くと、直ぐに窓枠に噛りついた。――窓の外には月の光が明方のやうに明るく輝いてゐた。

[#5字下げ]三[#「三」は中見出し]

 純吉は、昼頃眼を醒した。雨脚が
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