しいの、何が楽だのなんていふ差別もなく、きまり切つたものなんですけれど、その笑つたり憤つたりしてゐるかほつきの蔭に、それこそ、飛んでもない、途方もない、わけと云つたら何もないらしい――つまり、その、振られて、振られて空の上へでもほうり出された見たいな、突つ拍子もなく馬鹿気きつた憂ひといふものが、夫々降りかゝつてゐなければならないんです。こいつは何うも口で云つても到底埒はあかない、理窟ぢや手に負へない――その上に、その時、その時に依つて異る自分の了見を、あれだけの定つた顔かたちの上に万遍なく現すために、他の人間の顔をかりようとするんだから……」
彼は自分の云ひたいことが言葉にならぬのを、もどかし気に打ち切つて、いよいよ眼を据えて私の顔ばかりを視入つて来るので、さすがに私もいさゝか薄気味悪さを覚えて、
「そんなんなら何も僕に限つた事はなからうぢやないか、止めて貰ひたいな。僕はひとりで少々考へごとがあつて、ぼんやりしてゐるんだから、顔なんて見られるのは閉口だよ。誰の顔だつて飽かずにいつまでも眺めてゐたら、途方もない悲しみに満ちてゐるといふものだらうがな……」
と私もつい余計な口を利いてし
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