病状
牧野信一

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【テキスト中に現れる記号について】

《》:ルビ
(例)御面師《おめんし》

|:ルビの付く文字列の始まりを特定する記号
(例)恰度|離室《はなれ》が

[#]:入力者注 主に外字の説明や、傍点の位置の指定
(例)仕事のやま[#「やま」に傍点]が

/\:二倍の踊り字(「く」を縦に長くしたような形の繰り返し記号)
(例)ふわ/\としてゐる
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 凍てついた寒い夜がつゞいてゐた。
 私は、十銭メートルの瓦斯ストーヴに銀貨を投げ込みながら、空の白むまで机の前に坐りつゞけたが、一行の言葉も浮ばぬ夜ばかりだつた。
「いつでも関はぬから起してお呉れ。」
 細君は明方の私の食事については、パンや果物の用意をとゝのへて、机の傍らにすやすやと眠つてゐるのだが、稍ともすると私は気の弱い食客の心地に襲はれた。
 カーテンが水底のやうに白んで来ると、私は頼りないあきらめの吐息を衝いて五体がたゞ煙りのやうにふわ/\としてゐるのを感ずるだけだつた。
 私は、どてらの上にそのまゝ外套を羽おり、襟巻きに頤を埋めて、そつと部屋を忍び出た。私は食堂を探さうと考へながら、坂を降りて行つたが、極
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