ほすのであつた。刃はおろか、稲妻とも何とも云ひやうもない霹靂で、底光りを湛えた物凄さであつた。彼は相手の手応のないのを悟ると唇の端にわらひを浮べながら、ゆるゆると盃を執りあげてゐたが、私が瞥見する彼の姿は真に近寄り難い青光りの中に途方もない殺気を含んで蜂のやうに身構えてゐた。私は他人ごとながら有無もない恐怖に圧し潰されて、膳の下の膝がしらが可笑しい程震えてゐるのさへ止め難かつた。
やがて向方側の二人伴れは、時を見はからつて、すご/\と立ち去つた。
嘲笑の声も、憤激の啖呵も――私の疲れた頭に響くと悉くが己れの上にかゝつた譴責の声であるかのやうな妄想に駆られて、私の胸はびく/\と震えた。
彼等の立ち去るのを見送つてゐた隣りの男は、その時、私に話しかけるともつかぬ独白めいた口調で、
「振られた人形が、二つ首をならべてゐやがるなんて、あいつ等、抜しやがつた。」
とつぶやいた。――そして彼は、ぼんやりと私の顔を眺めてゐるのであつた。――ところが私は、たつた今、彼の様子に、そんなに怯えたにも関はらず、知らぬ間に酔でも回つてゐたものか、急に平気になつて、
「俺の顔に何か付いてゐるのか?」
前へ
次へ
全24ページ中5ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング