と突き返した。
「いゝえ――」
 彼は白々と素直であつた。
「ぢや何で、そんなにひとの顔を見るんだ、さつきの奴みたいぢやないか?」
 と私はふくれた。
「振られやがつた――と云はれたのが、実はわつしは痛かつたのさ。」
「…………」
 私はそんなことで話相手になるのは億劫だつたので、眼をつむつてゐると、
「仕事のやま[#「やま」に傍点]が見つからないうちは生きた心地もないといふものさ。振られてゐるといふのは、つまり仕事に置き去りを食つてゐるといふわけで……」
 彼は何やらわけの解らぬことを、くど/\と呟いてゐるのだが、私がまた不図眼をあくと、眼ばたきもせずに鋭く視張られた彼の眼光がやきつくやうに私の面上に注がれてゐるので、私は思はずぎよつとして慌てゝもう一度眼をつむらうとすると、逸早く彼が先に眼を閉ぢた。妙な人だ! と思ひながら私は彼の顔をしげ/\と打ち眺めた。鼻筋が嶮しく引きしまつた唇のあたりには如何にも抗し難い科白を吐きさうな凛とした厳しさが窺はれた。そして眼蓋が神経的にぴくぴくと震えてゐるのであつた。見るにつけ、その顔かたちは激しい雨にでも打たれたものゝやうな窶れと憂ひに覆はれてゐ
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