のであつた。――「きくまでは決して動きませんよ。」
「困つたなあ……」
と私は大声で叫んだ。斯んな途方もない、斯んな仰山な、加けに厭に意味あり気な――何といふ馬鹿々々しいことだらうと私は苛立つたが、不図彼が私の面上に注いでゐる凝然たる視線に気づくと、わけもなく抗し難いきつさきに似たものに貫かれて、もう言葉もなくなつてゐた。
そして私は、つぶやくともなしに、
「俺も一日も早く、小説家に逆戻りをしなければならんぞ。――一体、何をまご/\してゐたんだらう。」
などといふ声を出してゐた。
「こつちも漸く、あぶらがのつて来たところだから……」
彼もつぶやくのであつた。
夜になれば、あたりはもう全くの夜中の感じで、Rが酔つた声でも挙げて繰り込んで来るより他は、滅多に人の声もない青畑の一隅である。――私は、暗闇に飛んでゐる蛍の点々たる光りをかぞえてゐた。肉親の人々の顔かたちがいくつとなく浮びあがり、その中にはもうこの世にゐない人達の、たゞ呆然と、とり済した御面が、ありありと入り交つてゐた。
私は、御面師の腕で彫まれるあれこれの御面のさまざまを、眼の先に描き出した。そして、在りのまゝなる人
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