伴れが、切りと女中を相手に頓狂な声を挙げて、ふざけちらしてゐた。――広いところに客の数は、それだけだつたが、二人伴れの騒ぎだけが華々しくて、こちら側の二人は、まるで申し合せたかのやうに黙々としてゐるだけだつた。三四人の女中達が向ふ側の騒ぎを取り巻いて、うしろ向きなので表情は解らなかつたが、客は正面なので悦に入つてゐる笑ひ顔などがはつきりと私の眼にも映つた。そして時々彼等の視線を私はまともに感じたが、私は別段反らせもせず一層憤ツとした気味合ひで済してゐると、向ふの悪る騒ぎは益々嵩じて、どつといちどきに笑ひくづれたり、ふざけた悲鳴をあげたりした。どうも、その様子が、何か私の姿を嘲弄してゐるらしくも思はれた。そんなきつかけから見ず知らずの客同志が大喧嘩をはぢめるといふやうな場合を酒場などで私は見ることもあるので、私は胸を冷してうつ向いてしまつた。私の胸は飽くまで弱々しく打ち沈むばかりであつた。彼等のわらひ声がつゞけばつゞくほど、如何にも自分は嘲笑のまとに価するやうないつそこのまゝ遠方へでも逃げのびてしまひたいやうな止め度もない気恥しさが湧くばかりで、反撥心なんていふものは夢にも感ぜられなかつ
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