鴉のやうなワラヒ声をたてるのであつた。
 私は襖越しに彼の鑿の音を聞きながら夜をこめて机に向つてゐた。――私は、日記を書くより他に術がなかつた。
「R、非常なる酒に酔ひて現れ、隣り村の茶屋へ吾を誘ふ。吾は一滴の酒も飲めぬものなり、Rは、吾を指して自殺の怕れが感ぜられると云ひたり。」
 私の日記にはそんな個所があつた。Rといふのは叔父である。
「Rの車に送られて部屋に戻ると、隣室よりは鑿の音切りなり。その音にせかれて机に向ふものゝ、Rに対して決して思ひ切つたことの云へぬ自分の意久地なさのみが省みられて憮然たるばかりなり。御面師と共に旅立ちたいものよ。」
「Rの叔母が来て泣く。Rの行状に関してなり。叔母はもう五年来Rと別居してゐるといふ。K村のRの家へ叔母を案内する。大勢の親類のうちで、やさしい心をもつてゐる者は、お前さんひとりだと云つて叔母はみちみちも泣き止まず、自分は唇を噛むおもひ――。Rの家の前で叔母と別れる。やさしい心だなどと云はれるのは斯んなにも切ないものかとおもふと、そゞろに自棄を覚ゆるなり。」
「またRが来る。非常に酔つてゐる。思ひあまることがあるなら何事でも相談しなければい
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