をとり戻さう。」
私は停車場のベンチに凭つて、そんなことを声に出して呟くのだが、そんな有閑人の如き行動は一刻もゆるされぬ状態なので、落着かうとすればするほど背後から吹きまくられる烈風のために、飛び散りさうだつた。無意な姿であればあるほど、胸のうちの嵐は目眩むばかりに吹きまくつた。
「あツ――もし/\……あツ、やつぱりそうだつた!」
そんな声で私は目を開くと、ひとりの無帽の、角帯に黒つぽいよれよれの素袷を着流した男が、私の眼上に枯木のやうに突ツ立つたまゝ眼ばたきもせずに私の顔を見降してゐた。あの御面師だつたのだが、稍しばらく私は彼と思ひ出せなかつた。
「随分、探しました……」
と彼は手提袋を私の傍らに置いて、
「突然過ぎて何とも云ひやうもないんですが――」
彼は身の振り方に迷つてゐるらしかつたのである。仕事が一つ出来あがるまで、何処かの宿なりと紹介して欲しいといふのであつた。――私は速座に、
「僕の借りてゐる部屋に来給へ――」
と応へた。それに私は稍人に好意を感ずると酔つた紛れには大変に度量の広いやうなことを口走る悪癖があつたから、おそらくこの人にも大層なことを喋舌つたのだらう
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