局に乾干びさせてしまふ位のものである。個性と自然との純一を貴んでこそはぢめて心身のトレイニングに役立つべきで、今や朝《あした》の霞を衝いて津々浦々までも鳴り渡るあの明朗至極なるラヂオ體操を見ても明らかの如く、正にあのやうなる悠かな窈窕味をもつて大氣に飽和し、自づと濶達なる人生の大呼吸を體得すべきが當然の所以は、かの偉大なるルツソオも既に「エミール」の中で縷々と述べて居り、更に世紀文明の太初に遡つては夙に大ソクラテス竝びに大プレトーンが全生命を傾注したる諧謔法を選んで永遠に若々しく呼號してゐる通りである。不幸なる私は、あの中學の體操に依つて犯罪妄想の如き心悸亢進の胚種を植ゑつけられた。兎角、肩肘張らしたる度偉い掛聲は人生を暗澹とさせるより他に効果はない。そこで私は或日思ひあまつて、あの體操に關する疑惑をパジエツト先生に訴へると、眞の日本流はあんな筈ではないであらう、またスパルタ流と雖もその趣きを異にするものだと私に同意せられ、君は明日にも、眞の自由と、誠なる個性を尊重する校風の、都の學園を索めて轉校すべきが當然だ――とすすめたが、私が轉校もしないうちに先生は京都の大學へ移られた。先生はエ
前へ
次へ
全22ページ中9ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング