未だに比ぶべきものを知らない。――私は終ひにこれは何うも自然に任せるより他はないと觀念して、徒手體操の時になつても、決して力が入らぬやうな動作になつてしまつた。前腕ヲ平ラニ動カセ、オイツ! とか、首ヲ前後左右ニ曲ゲ――など割れるやうな號令の許に、あはや顎のかけがねが脱れんばかりな仁王のやうな大きな口をあけて、オイチ、二ツ、などと絶叫しながら、腕を力一杯に折つたり曲げたり、首などは石ころのやうに亂暴にあつちへ向けたりこつちへ曲げ倒したりして、その勢ひの最も獰猛なやつが甲上だなどといふT先生の訓練法に、私は自づと逆はずには居られなくなつた。先生は私の體操振りを目して、クラゲのやうだとか醉拂の態だとかと憤つて、腕が拔ける程引つ張つたり、首根つこを掴んで振り回したりしたが、責められれば責められる程否應なく私の動作は手應へもなく亡靈と化した。今にして思へば、私のあれらの體操振りは寧ろ現代的なる方法を髣髴する概があつたと思はれるのだ。今では何處の學校や海兵團の體操を見たつて、あんな馬鹿臭いのはありはしない。あんな體操なぞは凡そ肉體に不自然なる激動を與へるのみで終ひには精神作用までをも最も偏頗なる小
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