文學的自叙傳
牧野信一

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《》:ルビ
(例)風流紀行《センチメンタル・ジヤアネイ》

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   (数字は、JIS X 0213の面区点番号、底本のページと行数)
(例)※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]
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 父親からの迎へが來次第、アメリカへ渡るといふ覺悟を持たせられてゐて、私は小學校へ入る前後からカトリツク教會のケラアといふ先生に日常會話を習ひはじめてゐた。先生は日本語が殆んど不可能で、はじめは隨分困つたが、オルガンなどを教はつてゐるうちに私の英語と先生の日本語は略同程度にすすんだ。私は祖父から教會にあるやうな立派な燭臺やストツプのついたオルガンを買つて貰ひ、母親の琴と、六段や春雨を合奏した。電燈が點いて間もない頃だつたが祖父は電氣を怕がつて、行燈の傍らで獨酌しながら私達の合奏を聽き、醉が回つて來る時分になると、屹度、ほツほツほツとわらふやうな聲で泣いた。父親を知らぬ孫の巧みなオルガンの彈奏振りに感激するのであつた。ケラア先生は折々バイオリンを携へて私達を訪れた。祖父は
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