を素早く感ずるやうになり、私が、おお……と云つても彼が憤つとしてゐる氣色であると、階下に顏を洗ひに降りる時脚がカツ氣のやうに重かつた。彼は評論家を念とし、いつの間にか私は、小説の仕事こそ何よりも自分には甲斐があると考へるやうになつたのである。憤つてばかりゐたが、私にはつきりと左ういふ夢を與へて最も苛責なき鞭韃を加へたのは彼が最初であつた。彼は現在、歌舞伎座の支配人になつて居るが、相變らず折々の會見や手紙で、私の脚をカツ氣にさせたり、Scout's pace に走らせたりしてゐる。御存知には違ひなからうがスカウツ・ペースといふのは一哩を十分強で驅るハイキングの術語である。因みに彼との二人雜誌は後に詩と短歌を主にして「金と銀」と題し、半年あまりも續けたが他方面には寄贈しなかつた。いにしへのもののはなしにありときく、黒髮ばかりあやしきはなし――といふのはあの頃の彼の快詠であり、何かの雜誌(?)に吉井勇の選で一等をとり、ゆき暮れて神樂の太鼓早びよう子――といふのは、後にも先にもたつた一つの私の詠草であつたが、それは金と銀にも載せなかつた。
その後柏村は、吉田や長谷川浩三と共に「基調」、岡田は
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