俺はお前のものを讀むと可笑しくなつて仕樣がないと彼は腹を抱へて、私が見せたがらないノートのものなども讀み、反つて下書の方が面白いと云つた。笑はれると私は困つて赧くなつた。「ヘルマン・ドロテア」を讀んでから英譯のゲーテ全集を買つた。プレトーン以降の思想が歴然と影響されてゐるのを見て私の胸は異樣に震へた。その頃、小學中學からの仲間であつた鈴木十郎が受驗生だつたのを私が無理に早稻田の文科へすすめた。そして二人は毎日朝から夜中までゆききして喧嘩をしたり、二人雜誌をつくらうなどと興奮しながら、鈴木が私の五倍もの好劇生だつたので、一時休息してゐた芝居が亦私の上にも復活して、やがて二人は入質といふ術まで覺えて切りと遊びまはつたが、鈴木は稍ともすれば私の芝居の觀方その他が野暮だといふことにはじまつて稍ともすると、彼は疊を叩いて非常に憤激して終ひには涙を滾した。私もそれに伴れて震へて悲しんだ。そして夜遲く別れて下宿に歸ると、鈴木に見せる爲の小説を書くのであつた。朝目が醒めると彼は既に私の枕元に坐つて原稿を讀み、「おお」「おお!」と挨拶するのであつたが、その瞬間の彼の表情で私は、前夜自分の書いたものの及落
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