下に突き抜けている、第4水準2−13−28]入せずに喋舌つて呉れとをがんだ。嗤はれても當然のことと思つてゐるので反感も覺えなかつたが、兎も角自分も隨分と遲れてゐる文學的教養を付けなければならないと考へても、何から讀んで好いのか、また何んなものが好きやら嫌ひやらも解らず、と云つて今更そんなことを友人に訊くのも間が惡いので、思案の揚句、凡ゆる意味で世界の初めから出發しなければならないと思ひ立ち、眞夜中に坐り直して「太初に言葉あり」と讀みはじめた。これが文學に關心を持ち出してからの太初の讀書で、混沌哲學からソクラテス、プレトーン、アリストテレス、エピクテータス、セネカ、パスカル――そしてシヨペンハウエルとすすんで、稍々夢中の度を増したが、一向文學的の世界へ手懸りを見出す餘裕もなく、讀書に關する話題などは誰の前にも持出せなかつた。そんな間に、それでもぼつぼつと書いてゐた短篇をゲーテ研究の柏村に讀ませて添削して貰つてゐたが、或日彼が、何うも俺よりお前の方が文章が巧い(と聞いた時には私は實に驚いた)やうだから俺の譯した「ヘルマン・ドロテア」を讀んで見て呉れと云ふのであつた。何ういふわけか知らないが
前へ 次へ
全22ページ中16ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング