大概誤りなく想像出来るであらう――と僕は思つてゐる。
A子は頻りに半身を折り曲げたり、飛び跳ねる恰好をしたり、重たいものを投げるかのやうな姿をとつて、R子に示してゐた。それが姿見にも映つてゐるので、此方から眺めると全く二人の運動者が、そこに動いてゐる通りに見えた。
扉《ドア》を誰かゞノツクしたと見える――二人は、一斉に其方を向いて、
「入つてはいけません。」
と断つたに違ひない。丁度、その時二人は、外出着に着換へようとしてゐるところで、これからコルセツトをしめて靴下を穿かうとしてゐたところであつた。
二人が支度が出来あがつて、外出しようとした時分此方も丁度退出時間だつた。僕は宿直日であつたが、夕飯を食べに出かけなければならなかつた。
五
二人が僕の前を歩いてゐた。僕は素知らぬ風を装ひ(自分が、自分だけに――)二人の後を追うて省線電車に乗つた。僕はA子の隣りに澄して(これも、自分だけの――)腰を掛けてゐた。
二人は絶えずお喋舌りをしてゐたが、一向僕の耳には入らなかつた。――僕は、真に眼近にA子を見ると、却つて、何だか、嘘のやうな気などがして、たゞ索漠たる夢心地に
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