僕が診療所の控室で順番の来るのを待合せてゐた時、隣りの応接部屋で、友達らしい老紳士と博士が雑談に耽つてゐる様子であつたが二人の会話のうちから次のやうな絶れ絶れの言葉を聞きとつたこともあつた。
 紳士「……すると、お娘御は間もなく婿君をお選びになるといふわけ……」
 博士「……本来ならば、さうでもしなければならんですが、何しろあの通りの我儘者ですし、それに私は、さういふことは一切当人の自由を認めるといふ方針で……」
 紳士「……なるほど……恋愛結婚に就いて……」
 博士「普通の親らしい意見は僕には……ハツハツハ……だが、この頃の娘のアメリカ張りには大分此方もたじ/\のかたちで……。……好きな人が出来たら直ぐにお父さんの処に伴れて来るから、その時……むづかしい顔なんてしないで呉れ! なんていふほどの勢ひで……どうも、却々《なかなか》それに就いては僕も戦々兢々の……」
 紳士「……特に親しい青年でも……」
 博士「交際は大分広いらしいですが、却々《なか/\》自尊心が強いと見えて……」
 紳士「自分で自分の美しさを知つてゐるとなると、その点は安心……ハツハツハ……、近頃何処へ行つても、娘の話と
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