してゐた。父と彼は、交互に盃のやりとりをした。
「皆な帰らないでもいゝよ。今日は家内中での遊びだ。」と父は云つた。母さへその気になれば、それは一寸面白い――と彼は思つた。
「シンイチに気の毒です。」と母は開き直つて云つた。「勉強が出来ないと云つて、毎日これは滾してゐます。これは夜でなければ勉強が出来ない質《たち》です。」
「さうか?」父は彼を振り返つた。彼はにや/\と笑つて、盃を重ねた。
「私にばかり滾さないで、お父さんにはつきり断つたらいゝでせう。」
「…………」
「親がこの態では、子供のしつけなんて出来る筈がありません。」母は、醜くゝ落つき払つてそんなことを云つた。
「御免/\、親父が馬鹿なら阿母が賢夫人だから、丁度いゝぢやないか。親父のやり損ひは愛嬌としてしまへ。――」
彼は、自分が玩具にされてるやうな不快を感じた。だが斯うなると彼は、上ツ面ばかりが安ツぽく狡猾になつて、
「いゝですよ、阿母さん。」とワザと調子の低いしんみりとした声を出して、
「私だつてもう小供ぢやないんだから……」と云ひかけて、残りは万事胸に心得てゐるといふ風に、笑顔をもつて点頭いて見せた。何を心得てゐるんだ
前へ
次へ
全53ページ中8ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
牧野 信一 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング