――。お迎ひの催促、トン子さんもゐますわよ。」
「大変だ/\、阿母が来る/\!」
「えツ!」とお蝶はたぢろいだ。
 彼は慌てゝ父の座敷へ走つた。そして同じことを叫んだ。父は、尻をまくつて、出たらめな奴さんを踊つてゐる最中だつた。
「私はあつちへ行つてゐます。」とお蝶が云つた。
「いゝよ/\。阿母が納得するやうに話してやらう。みつともねえ! 五十代の夫婦だ。」
「…………」
 彼は黙つて、正面の父の席に坐つた。この前の時彼は、父とお蝶の前でトン子といふ若い芸者を推賞したら、或はその為かも知れない、座敷の隅にちやんとトン子が坐つてゐた。彼は、惜しいことになつたと思ひ、トン子と父の顔を意味あり気に一寸眺めた。
「馬鹿奴!」父は笑つて、彼に云つた。
「来た/\。」と彼は小声で囁いだ。廊下に、妙に冴へた足音がしたのだ。お蝶は逃げ出した。父は、彼の方を向いて大きく口をあけて見せた。
 女将に案内されて、母が仕方がなく来たやうなしな[#「しな」に傍点]をつくつて入つて来た。女将と初対面の挨拶などした。
「いろ/\御厄介になります。お騒がせして申しわけありません。」
 女将は返答に困つて、お辞儀ばかり
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